大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

宇都宮地方裁判所 昭和56年(ワ)73号 判決

原告

刀川信男

被告

岩田光子

主文

本訴被告(反訴原告)(以下「被告」という。)は本訴原告(反訴被告)(以下「原告」という。)に対し、金一〇一〇万二八五〇円及び内金九七〇万二八五〇円に対する昭和五六年二月二六日から、内金四〇万円に対する昭和五七年一一月二九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求及び被告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを七分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  本訴

(請求の趣旨)

1 被告は原告に対し、金一四二二万九九〇〇円及びこれに対する昭和五六年二月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

3 仮執行宣言

(答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

二  反訴

(請求の趣旨)

1 原告は被告に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五五年一月八日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

3 仮執行宣言

(答弁)

1 主文第二項同旨

2 訴訟費用は、被告の負担とする。

第二当事者の主張

一  本訴

(請求原因)

1 原告は、次の交通事故(以下「本件事故」という。)により後記の傷害を受けた。

(一) 日時 昭和五五年一月七日午前一一時四五分ころ

(二) 場所 茨城県西茨城郡岩瀬町大字久原四二五番地県道上

(三) 被告車 自動二輪車(一栃か第六六八九号)

(四) 右運転者 訴外亡岩田智(以下「訴外智」という。)

(五) 原告車 大型貨物自動車(栃一一て第四六三号)

(六) 右運転者 原告

(七) 事故の態様 訴外智は、その友人訴外海老原政美を同乗させ、被告車を運転して栃木県益子町方面から茨城県岩瀬町方面に向つて運転進行中、右事故現場に差しかかつた際、その前を進行する先行車三台を追い越そうとして無謀にも対向車の有無も確認せず、いきなり中央線を越えて追越運転を始めたため、おりしも同所を対向進行して来た原告運転の原告車に正面衝突し、その反動ととつさの退避転把行為の結果、同車を道路脇の堀川に転落させ、原告に後記の傷害を負わせたほか、原告車を大破(全損)せしめた交通事故である。

(八) 傷害 腸破裂

(九) 後遣症 発生の可能性あり

(一〇) 治療期間 (1) 入院一九日

昭和五五年一月七日から同月二五日まで県西総合病院(茨城県西茨城郡岩瀬町大字鍬田六〇四番地所在)

(2) 通院六六日

同月二六日から同年三月三一日まで同病院

2(一) 訴外智は、前記事故現場を被告車を運転し、他の車両を追い越そうとするにあたつては前方を注視し、かりそめにも対向車両があるときには、これの運転進行を妨害したり、これに衝突することのないようハンドル及びブレーキ操作を確実に実行して運行すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、三台の先行車両にばかり気をとられ、前方を注視せず漫然と追越運転を始めた結果、折から右事故場所を対向進行して来た原告車の前面に自車を激突させ、本件事故を惹起したもので右は同人の過失に基づくものである。

よつて、同人は、民法七〇九条により、原告に生じた左記の損害を賠償すべき責任がある。

(二) 訴外智は、本件事故の結果、事故現場で即死し、被告は訴外智の実母であり、唯一の相続人である。

よつて、被告は、昭和五五年一月七日、訴外智の死亡により、同人の債権債務を相続した。

3 損害額 金一四二二万九九〇〇円

(一) 治療費 全額自賠責保険金にて支払済み

(茨城県西総合病院へ支払い)

(二) 物損額 金八五二万九九〇〇円

(1) 金七七一万五〇〇〇円

原告車両の売買価額は、金八〇〇万円であつた。右買受取得日が昭和五四年六月二二日で、わずか半年後の昭和五五年一月七日に本件事故が発生し、右車両は大破全損し、ダンプ車としての機能を失つて、全くスクラツプ状態となつたため、やむをえず他へ売却処分したものである。その下取価格は、金二八万五〇〇〇円であつた。そのため、右車両の損害額は、買受時の価額金八〇〇万円から右下取価額金二八万五〇〇〇円を控除した金七七一万五〇〇〇円である。

(2) 金六一万五〇五〇円

自動車税 金三万五〇〇〇円

自動車取得税 金三四万九六五〇円

自動車重量税 金一二万六〇〇〇円

自賠責保険料 金六万七六〇〇円

登録費 金三万六八〇〇円

右はいずれも原告車両に付せられた各種諸税等であつて、これら諸税等の負担も結局本件事故のため右車両が大破した結果、無駄になつたことによる損害である。

(3) 金一八万五〇〇〇円 レツカー作業料

本件事故の結果原告車両が道路外に転落したため、原告が訴外栃木三菱ふそう自動車販売株式会社に依頼し、同社に支払つた原告車両の引揚搬出のためのレツカー作業料である。

(4) 金一万四八五〇円 被害車登録抹消費用

原告が訴外栃木三菱ふそう自動車販売株式会社に支払つた原告車両の抹消登録費用である。

(三) 休業損害 金三二〇万円

原告は月平均金七〇万円の売上実績を有し、うち月平均三〇万円の経費を支払つた残額金四〇万円が荒利であつたところ、本件事故のため、事故発生の昭和五五年一月七日以降同年九月上旬まで八箇月間休業のやむなきに至つた。

よつて、原告の休業損害は、右八箇月の月平均四〇万円あて合計金三二〇万円である。

(四) 慰藉料 金一〇〇万円

本件事故は、原告には何らの過失もなく、訴外智の前記過失が唯一の原因で発生した事故であること、原告の肉体的、精神的苦痛並びに被告の不誠意を考慮すれば右の金額が慰藉料として最低の請求額である。

(五) 弁護士費用 金一五〇万円

原告は、本訴の提起、遂行を本件原告訴訟代理人に依頼し、手数料として金五〇万円を支払い、成功報酬として金一〇〇万円を支払うことを約した。

よつて原告は、右加害者訴外智の相続人である被告に対し、前記損害額合計金一四二二万九九〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五六年二月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(認否)

本件事故の日時、場所、被告車、右運転者、原告車、右運転者及び両車両の進行方向、訴外智死亡により被告がその債権債務を相続したこと並びに原告治療費が全額自賠責保険金により支払済みである事実は認めるが、訴外智の過失及び因果関係は否認し、その余の事実は不知(未払弁護士費用についての遅延損害金の起算日は争う。)。

(抗弁)

1 訴外智が被告車を道路中央ないし対向車線に進出させたとしても、それは前方交差点の信号が赤であり、対向車はないものと信じて進出させたものであるところ、原告は、右赤信号を無視して交差点を横断して本件事故場所に至り本件事故を発生させた。

2 原告車と被告車との衝突が回避できないとしても、両車の重量等から原告がハンドルを左に転把しなければ、若干の物損はともかく原告の大部分の損害は避けられたもので、原告にも過失があつた。

よつて、本件事故につき過失相殺がなされるべきである。

(認否)

否認する。

二  反訴

(請求原因)

1 被告及び訴外智は、原告主張の本件事故(ただし、その態様は、原告車と被告車とが道路のまがり角を対向進行中衝突したというものであり、その結果訴外智が死亡した。)により、後記の損害を受けた。

2 原告は、原告車を所有し本件事故当時自己のため運行の用に供していたのであるから、本件事故によつて生じた後記の損害を賠償する責任がある。

3 損害

(一)(1) 訴外智の逸失利益 金二九三一万九二一七円

訴外智は、本件事故当時一六歳の高校生であり、したがつて一八歳から六三歳までの四五年間は就労可能であり、その間の平均年収は金三二九万九一〇〇円(労働省統計情報部発行昭和五五年度賃金センサス第一巻第一表全産業高等学校卒業者の給与額)であるから、右収入のうち生活費として五〇パーセントを控除し、ライプニツツ式計算方法により年五分の割合による中間利息を控除して逸失利益を算出する。

(2) 被告は、訴外智の母であり、唯一の相続人であるから、右逸失利益の全額を相続した。

(二) 慰藉料 金一〇〇〇万円

被告は、その成長を楽しみにしてきた息子を本件事故で失い、その失望落胆は大きい。したがつてその慰藉料は、頭書の金額をもつて相当とする。

(三) 葬儀費用 金三〇万円

よつて、被告は原告に対し、前記損害金三九六一万九二一七円の内金二〇〇〇万円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年一月八日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(認否)

本件事故の日時、場所、被告車、右運転者、原告車及び右運転者、訴外智が死亡したこと並びに被告車が被告の所有にかかるものであることは認めるが、原告の責任は争い、その余の事実は不知。

(抗弁)

本件事故は、訴外智が、その友人訴外海老原政美を同乗させ、被告車を運転して栃木県益子町方面から茨城県岩瀬町方面に向つて運転進行中、本件事故現場に差しかかつた際、その前を進行する先行車三台を追い越そうとして無謀にも対向車の有無も確認せず、いきなり中央線を越えて追越運転を始めたため、おりしも同所を対向進行して来た原告運転の原告車に正面衝突したものであり、原告には運転上の過失はなく、事故発生はひとえに訴外智の過失によるものである。また原告車の構造上の欠陥又は機能の障害の有無は本件事故と無関係である。

(認否)

争う。

第三証拠〔略〕

理由

一  本件事故の日時、場所、被告車、右運転者、原告車、右運転者及び両車両の進行方向並びに本件事故により訴外智が死亡し被告がその債権債務を相続したことは当事者間に争いがない。

二1  ところで成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、第二ないし第二七号証、証人斉藤正一、同船越常雄(後記採用しない部分を除く。)の各証言、原告本人尋問の結果(後記採用しない部分を除く。)及び弁論の全趣旨を総合すると、

(一)  本件事故の場所である道路は、車道の幅員が七・二メートルで中央線が設けられていたこと、

(二)  訴外智は、自動二輪車を運転する友人の訴外斉藤正一の直後を同人と同一方向に走行していたこと、

(三)  訴外智らが時速約六〇キロメートルの速度で本件事故の場所付近に至つたとき、同人らの前方を同人らと同一方向に進行していた乗用車が減速し始めたことから、同人らは前車の追越しをしようと考え、訴外斉藤正一は前車の左側を、訴外智は前車の右側を通つて追い越し始めたこと、

(四)  訴外智は、前方の乗用車を追い越すうちに、前方に対面する信号(以下「本件信号」という。)が黄色を表示していることを発見し、対向車は来ないものと軽信して道路中央部から対向車線に進出して走行するようになつたこと、

(五)  ところで原告は、本件事故の場所付近を時速約五〇キロメートルの速度で走行していたが、本件信号が黄色を表示したのを発見したところ、原告車は既に本件信号の設置されている交差点の停止位置に近接しており、また山砂等を満載して荷重が有り、右停止位置前に安全に停止することが困難であつたため、そのままの速度で右交差点を通過し、本件事故の場所において被告車と衝突するに至つたこと、

(六)  原告は、衝突直前に被告車を発見し、衝突を回避すべく左に転把したが、結局回避できず衝突し、原告車は道路左側に転落し、原告車が大破し、原告が傷害を負う等の損害を受けたこと、

(七)  なお原告の知人である訴外船越常雄は、原告車の直後を原告と同方向に貨物自動車を原告車とほぼ同一の速度で走行させていたが、本件信号が黄色を表示しているのを発見し、停止位置において安全に停止できるものであつたが本件事故を目撃し、右信号に従わずに右交差点を通過したこと、

(八)  また、原告車の構造上の欠陥又は機能の障害の有無は本件事故と無関係であること、

以上の事実が認められ、証人船越常雄の証言中及び原告本人尋問の結果右認定に反する部分は採用できず他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

2  右認定事実によると、訴外智は、本件事故につき、自動車運転者として遵守すべき左側通行の義務を怠り、対面する信号が黄色であることから対向車は来ないものと軽信して右側を通行した過失により、対向車線を走行して来た原告車と衝突し、本件事故を発生させ、原告に後記の損害を与えたものであり、他方原告は、中央線の設けられている本件のような道路においては、対向車が自己の側に進出して走行することまでも予見すべきものではないものというべきであり、また本件事故直前に左に転把した行為もやむをえない行為と解すべきであり、本件事故につき無過失であり責任はないものと解すべきである。

なお成立に争いのない乙第一号証に判示された事件は、道路の幅員、中央線の有無など本件と事案を異にする部分があり、右証拠は前記認定を左右するものではない。

三1(一) 成立に争いのない甲第三一号証の一、二、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第三〇号証、右本人尋問の結果によると、原告は、昭和五四年六月二二日訴外栃木三菱ふそう自動車販売株式会社から、原告車を金八〇〇万円で買い受けたこと、原告は、原告車を買い受ける以前も同種の自動車を使用して同種の営業をしていたところ、右自動車は約五年間使用したものであることが認められる。この買受代金、原告の使用方法及び原告車の通常の耐用年数等を考慮するならば、原告車の本件事故時における時価は金六〇〇万円であつたものと解するのを相当とする。

そして成立に争いのない甲第三二号証、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件事故後原告車を金二八万五〇〇〇円で売り渡していることが認められるのであるから、結局、本件事故による原告車の損害は金五七一万五〇〇〇円である。

(二) また原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三三号証、右本人尋問の結果によると、原告は、原告車を買い受けた際、

自動車税 金三万五〇〇〇円

自動車取得税 金三四万九六五〇円

自動車重量税 金一二万六〇〇〇円

自動車賠償責任保険料 金六万七六〇〇円

登録諸費用 金三万六八〇〇円

合計 金六一万五〇五〇円

を支払つたことが認められる。

しかしながら本件事故時まで原告車を運行させるについても右諸税等の支払いが不可避であつたことを考慮するならば、右支払いについての本件事故による損害は金五〇万円が相当である。

(三) そして原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第三四号証、第三五号証、右本人尋問の結果によると、原告は、本件事故の場所から原告車を引き揚げるにつきレツカー代として金一八万五〇〇〇円を、原告車の抹消登録につき金一万四八五〇円を各支払つたことが認められる。

2  成立に争いのない甲第二八号証の一、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる同第二九号証及び右本人尋問の結果によると、原告は、貨物自動車を所有して山砂等の運送を自ら営んでおり、本件事故当時三七歳であつたこと、原告は、本件事故により本件事故のあつた昭和五五年一月七日から同年九月上旬まで八箇月間休業していた(うち同年一月七日から同月二五日までは入院、同月二六日から同年三月三一日までは通院して治療を受けた)ことが認められる。

ところで原告の収入については、原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第四〇号証、第四一号証、右本人尋問の結果中には、その主張にそう部分があるところ右は単なる取引先の証明書等であり、営業用帳簿等と異なり採用できないが、原告と同じ道路貨物運送業に勤務している者の本件事故時の平均給与は、昭和五五年賃金センサス第二巻第一表道路貨物運送業男子労働者学歴計三五歳ないし三九歳によると一箇月当たり金二八万六〇〇〇円(年間金三四三万二〇〇〇円)であり、右同額相当の収入があつたものと解するのが相当である。

したがつて本件事故による休業損害は、金二二八万八〇〇〇円である。

3  本件事故による慰藉料は、金五〇万円をもつて相当とする。

4  原告本人尋問の結果によると、原告は本件訴訟代理人に対し、弁護士費用の一部として金五〇万円を支払済みであることが認められるが、本件においては、以上合計金額のほぼ一割である金九〇万円が弁護士費用として相当である。

四  以上の事実によれば、原告の本訴請求は、右損害金合計金一〇一〇万二八五〇円及び内未払弁護士費用を除いた金九七〇万二八五〇円に対する本訴状送達の翌日である昭和五六年二月二六日から、内未払弁護士費用である金四〇万円に対する本判決言渡の日である昭和五七年一一月二九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による損害金の支払いを求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求及び被告の反訴請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北澤章功)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例